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札幌高等裁判所 昭和33年(う)401号 判決

被告人 向出耕作

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

原審ならびに当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人片岡虎道の控訴趣意一および二(事実誤認、法令適用の誤)について、

所論は、要するに、本件事故発生は、本件被害者等が本件電気装置に接触したのであれば格別、右設備箇所附近を単に通行するだけでは惹起するに由ないうえに、その接触したと認めるに足りる証拠もないのに、あたかも右箇所附近を通行中の本件被害者等が感電致死傷の被害を被つた如く認定した原判決は、この点において事実を誤認したものであるが、かりに、本件事故発生が本件被害者等の右電気装置に接触したことに基因するものとしても、その設備自体はもともと被告人の正当な権利行使の範囲に属するのであるから、これにつき原判示のような注意義務を課するのは酷というべく、しかも右装置に現実に電流を通じたのは被告人ではないから、本件事故発生の結果につき被告人には何ら過失責任はないのに、原判決が原判示事実を認定し、被告人に重過失があるものとして刑法第二一一条後段の規定を適用したのは、結局、事実を誤認し、法令の適用を誤つた違法があるというのである。

しかし、原判決挙示の証拠(青柳弘二の検察官に対する昭和三一年六月二四日付供述調書とある「検察官」は「司法警察員」の明白な誤記と認める)を総合し検討すると、本件事故発生は、本件被害者等が原判示場所を通行中たまたま本件電気装置に直接あるいは間接に接触したため、これに通ずる電流に感電したことに基因して惹起したものであることすなわち原判示事実を優に認めることができるのであつて、原判決もまた本件被害者等が漫然右箇所附近を通行していたことだけによるものとしていないことは、原判文自体に徴して明らかであるから、この点の所論は原判決説示の字句に拘泥して徒らに原判決を非難するに帰するものというほかなく到底採用し得ない。そして、おおよそ、本件電気装置の如く、人の死傷等を生ずる高度の可能性あるものをとくに人のこれに接触することを予想して設備する者に対しては、あらゆる状況下におけるその装置に流れる電流の人体におよぼす影響の程度につき、自己の電気に関する知識を十分活用し、それで足りない場合には、さらに専門家の意見を徴して指導を受けるなどしてよく研究、調査をとげたうえ、人がこれに接触しても絶対に電撃による死傷を与えることのないよう施工する等安全性確保のため適切な手段を講じ、もつて事故の発生を未然に防止すべき原判示のような注意義務が要求されるものであることは一般通念上当然のことと解すべきであり、ことにそれが繁華街たる狸小路に北面する原判示道路に面して施されたものであるにおいてはその要求は一層大なるものがあると判断されるのであつて、しかも、これをもつて被告人に何ら不可能を強いる酷なものとは到底認め難い。これを本件についてみるに、前掲証拠によれば、被告人は、原判示のように本件電気装置をなすにあたつて、電気に関しては特段の知識、経験がないのに、何ら事前の研究や調査をすることなく、漫然八〇ミリアンペア以下の電流であれば人体に流れてもその生命、身体に危害を与えたことはあるまいと軽信して、アンテナスイツチにとりつけられた一アンペアのヒユーズが飛ぶことにより一次側回路の電流が一アンペアを越えないものであるとし、また店員の松野博に素手で電流の通ずる原判示鉄格子に触れさせ、同人の報告によりビリツとくる程度の電撃を与えるものであることを知つたにとどまり、その設備後本件事故発生の朝に至るまで毎夜午後一〇時過頃から翌朝午後六時頃までの間店員の青柳弘二をして原判示のように右鉄格子に二百ボルト、八〇ミリアンペア以下の電流を通じさせていたため、たまたま当夜は小雨が降り本件被害者等の着衣、靴がいずれも湿気をおびていたこともあつて、これに接触した同人等に電撃を与えることとなり、ついに本件事故を惹起するに至つたことが認められるのであつて、本件事故発生は、前説示に照し、被告人が当然なすべきことを要求せられる前記注意を著しく缺いたことに基因するものというほかなく、その装置自体が被告人の権利としてなされたことや直接被告人がこれに電流を通じなかつたからといつて、右重過失につき被告人の責任を免ずべき事由とは解し得ない。してみると、原判決が原判示事実を認定し、これに刑法第二一一条後段の規定を適用したのは適当であつて、これと見解を異にしての所論は採用するに由ない。

(その他の判決理由は省略する。なお、破棄理由は量刑過重による。)

(裁判官 豊川博雅 雨村是夫 中村義正)

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